西本願寺書院

法話


【 “ 母 ”は帰る場所であり“ ふるさと ”そのものである 】



 この法話が読者の皆さまのもとに届くまでには、入稿から一カ月以上の時差が生じることになります。ちなみに、本号掲載原稿を執筆している今現在は、5月の第二日曜で「 母の日 」です。

 
 母の日の発祥地はアメリカで、ウエストバージニア州から全米に広がりました。1914年に正式制定されましたが、その背景にはアンナ・ジャービスという一人の女性の存在があったといわれています。アンナの母親アンは、南北戦争時に負傷兵の衛生環境改善に尽力した人物で、自軍の兵士のみならず、敵兵のケアにも献身的でした。そのような母を尊敬してやまない娘アンナは、亡き母を偲んで追悼の会を催し、アンが大好きだった白いカーネーションを捧げました。これが、母の日にカーネーションを贈るようになった由来と考えられます。

 わが家での出来事です。息子(小4)なりに、母の日にプレゼントをしたいと考えたのでしょう。「 お母さんは何が欲しい?」と尋ねてみると、「 時間!」と即答されたそうです。起床から就寝までの大半を家族に費やす生活ですから納得の答えです。しかし、妻の貴重な時間を最も奪っている張本人の息子が、その答えを引き出したとは皮肉なものです。いつも、自分のことは後回しで、小学生2人の育児に奮闘している妻の姿には頭が下がる毎日です。わが家では、娘も息子も学校から帰っての第一声は、いつも決まって「 ねえ、お母さんは~?」です。厳しく叱られても、深い愛情と温かい母性が、子どもたちに母を慕い求める気持ちを根づかせるのでしょう。母国・母船・母校・・・母という漢字の入った熟語も多くありますが、これらは共通して帰るべき場所を意味しています。「 至急帰れ!」のメールを変換ミスで「 子宮帰れ!」と誤送信した笑い話もありますが、母とは包容力の象徴であり、帰るべき“ ふるさと ”なのです。

 「 十億の人に 十億の母 あらむも
               わが母にまさる 母ありなむや 」

明治の有名な宗教家である暁烏敏師が遺された歌です。「 すべての人には、それぞれに母と呼べる人がいるが、自分の母より偉大で尊い存在は他にない 」と味わえます。誰しも似たような思いを抱いてはいないでしょうか? 仕事で家を離れる機会の多い私です。出かける間際に、「 はい、行ってらっしゃ~い 」と夫をさりげなく送り出してくれる妻も頼もしいですが、母は「 くれぐれも気をつけてね 」との言葉を欠きません。この歳になった息子にも、心配は尽きないようです。これも母性ゆえでしょう。

 子を思うあまり、わが子しか見えなくなってしまうのも「 母なればこそ 」かもしれません。しかし、利己的で排他的な愛情は、仏教の説く慈悲とはあきらかに異なります。人間の母性は美しくもあり、危うくもあるのです。価値観の多様性を盾に、わがままを正当化し、自己主張が美徳の昨今ですが、お盆の由来で知られる目連尊者の母親は、息子への溺愛が過ぎた報いで、求めても得られない世界(餓鬼道)で苦しみました。

 お盆を縁として、母性についても考えてみたいですね。

合 掌


( 熊本県・良覚寺 / 吉村 隆真 師 / 築地新報7月号・法話より転載 )


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